私は能登で生まれて能登で育ちました。

両親が病弱だったため一人っ子の私は中学2年くらいのころから、「いつか独りになっても生きていけるように看護師になろう」と思っていました。看護師になった私は、3年間の大学病院での勤務ののち地元で唯一の急性期病院に勤務し、結婚して3人の子供に恵まれました。

嫁いだところは、今年NHKの朝のドラマ「まれ」でちょっと有名になった「間垣の集落」より、さらに奥にある「奥能登最後の秘境」と言われている漁村です。ここでの生活が私を強くしてくれました。

ある日、医師の往診に同行して、拘縮が強い患者さんの更衣を一人で行っているヘルパーさんに遭遇します。その光景を見た私は「病院の看護師だって地域に出ないと!」と、病院に訪問看護の立ち上げを提案しました。その後、NSTが稼働することになり、訪問看護師の立場で地域一体型NSTを目指して模索する日が続きます。そして、栄養サポート室が新設され専従として病院内の栄養管理にかかわっていきました。というわけで、病院は私が提案する「病院の中にあったらいいな」と思うことを一つずつ実現してくれました。しかしながら、高齢者が入院をきっかけに在宅生活を断念し施設へ入所という寂しい転帰が後を絶ちません。地域では何が起きているのか、そして専門職としてできることはないのか、そんなことを考えながら勤務していましたが、公務員のままでは活動には限界があり思い切って退職することにしました。

今、私は地元のショッピングセンターの中で「地域にあったらいいな」を一つずつ実現させています。過疎化・高齢化が進み20年後の日本といわれる能登で、これからも高齢者や障害者、そして私自身の可能性を追求し発信していきたいと思います。