半世紀を越えて生き、初めて自分の人生を帯のように繋がって感じるようになりました。社会人になってからは、自分の関心事に添って転職も繰り返しましたし、その中で大震災もありました。こうやって、様々な体験をし、考えながら生きることで、ひとり一人の特別な人生が編まれていくのだとしみじみ感じています。

私は看護学生の頃から治すことが出来ない患者さんと家族に何が必要か関心があり
ました。医療が患者さんの人生を支配していた新人看護師の頃からみると今は医療が良い意味で変化する可能性も感じています。

これから病院も含めた地域ごとに各市町村で治癒が難しい方々の包括ケアが整備さ
れます。これは住民自身の人生に関わることです。地域のクリニックで働き始めた私は願い模索しています。

そのことに住民が気づき、住民がこの整備に参加する体制が仙台市で創れることを。

そして何よりこの包括ケアが実現することを。